東京高等裁判所 平成10年(行ケ)53号 判決 2000年3月22日
原告
帝人株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
同
【C】
被告
特許庁長官【D】
指定代理人
【E】
同
【F】
同
【G】
同
【H】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成8年審判第18753号事件について、平成9年12月2日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成1年1月25日にした特許出願(特願平1-14065号)に基づく優先権を主張して、同年12月28日、名称を「透明導電性積層体およびその製造方法」とする発明(以下「本願特許発明」という。)につき、特許出願(特願平1-338287号)をしたが、平成8年9月11日に拒絶査定を受けたので、同年11月6日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を、平成8年審判第18753号事件として審理した上、平成9年12月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成10年1月23日、原告に送達された。
2 本願特許発明の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨有機高分子成形物上に主としてインジウム酸化物からなる透明導電層を形成してなる導電性積層体において、該透明導電層が結晶質および非結晶質の混在した膜であり、かつ結晶化度が1~80%であることを特徴とする透明導電性積層体。
3 審決の理由
審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭63-906号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3原告主張の取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例発明との対比の一部(審決書5頁4~14行、同頁16~18行、6頁5行~7頁8行)、本願発明と引用例発明との相違点に関する判断の一部(同7頁20行~9頁9行)は、いずれも認める。
審決は、引用例発明の技術内容の解釈を誤って、本願発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、本願発明と引用例発明との相違点についての判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(一致点の誤認)
一般的に、酸化インジウム被膜が、作成条件により、結晶質、非晶質、あるいは結晶質及び非晶質の混在したものとなること、引用例における「『結晶性』なる用語は、引用例中で『結晶化度』という用語で言い換えられている」(審決書5頁17~18行)ことは認める。しかし、審決が、引用例発明におけるインジウムを主成分とする酸化物被膜について、結晶質及び非晶質の混在したものであり、その「結晶性」が、本願発明において結晶質部分の占める割合を表す尺度、すなわち「結晶化度」であると認定した(同5頁14行~6頁4行、上記記載を除く。)ことは誤りである。
すなわち、本願発明における「結晶化度」とは、結晶質部分及び非晶質部分の全体に対する結晶質部分の占める割合を表したものである。これに対し、引用例発明においては、「結晶性」との用語が「結晶化度」との用語で置き換えられている箇所が存在するが、この場合の「結晶化度」とは、X線回析における「メインピークの半価巾とピークハイトとの比(半価巾(°)/ピークハイト(CPS))」として定義されている「結晶性」にほかならない。そして、この「結晶性」とは、結晶格子の歪みなどの「結晶の不完全性」に関係するパラメータであり、本願発明のように、結晶質と非晶質の割合である「結晶化度」に関するパラメータではない。なぜなら、非晶質中に結晶が析出し成長した多結晶物質試料に対して、X線回析を一定のX線入射強度で測定した場合、ピークの「半価巾が大きい」ということは、結晶子に不均一歪みがあるか、結晶子が小さいことを意味するものであり、結晶子が小さいことは、試料の中のメインピークを与える部分が小さな結晶子で埋め尽くされていることを意味するにとどまり、非晶質が残留している意味で「結晶化が不十分」なわけではないのである。また、不完全結晶部分の割合が同一で半価巾が同じ試料において、結晶の量が多ければ、ピークハイトが高くなることは認めるが、結晶の量が同一であっても、結晶が良質になれば半価巾が狭くなり、その分ピークハイトが高くなるのであるから、「ピークハイトが高い」ことが、単純に結晶の量が多いことを意味するものではない。
また、引用例の「インジウムを主成分とする酸化物被膜の結晶化を進めるためには基板温度をできるだけ高温にした方が良く」(甲第3号証2頁右上欄17~19行)との記載からみても、当業者は、引用例発明の酸化物被膜について、結晶化が最後まで進んだものであり、全体が結晶子で埋め尽くされているものと理解するであろう。
しかも、X線回析のピークハイトは、同一試料であってもそのときどきのX線入射強度によって変化し、これに応じて「メインピークの半価巾とピークハイトとの比」も変化するから、この比の技術的内容が不明であり、無意味なパラメータというほかない。この点について被告は、引用例発明が、複数の試料を常に同一のX線入射強度で測定してその請求項に規定された範囲に入るか否かを評価するものであると主張するが、そもそも、そのような前提を任意に付加することが許されないものであるし、「同一のX線入射強度」を前提にしても、その値が具体的に決まらなければ、結局、「メインピークの半価巾/ピークハイト」の値はいくらでも変動し得るのであって、この値を請求項に規定された具体的数値である「5.0×10-3~1×10-4」と比較しても意味がないことは明らかである。
したがって、引用例発明における「結晶化度」の用語は、引用例中で定義されている「結晶性」、すなわち結晶の良否と同義であり、それを無視して本願発明の「結晶化度」と無理に接近させて理解しようとすることは失当である。
2 取消事由2(相違点の判断誤り)
1 審決は、「引用例には、透明導電層の結晶化度が特定の値を超えて良すぎると『屈曲による応力』を含む『外的応力』に対し導電性被膜が割れ安く、結晶化度が特定の値を下回って悪すぎると屈曲性等が悪いこと、及び、これらの問題を解決するには、結晶化度の好ましい数値範囲を規定すればよいことが示されている」(審決書9頁9~15行)と認定しているが、ここにいう引用例発明の「結晶化度」とは、前述したとおり、結晶の良否に関するものであって、本願発明の「結晶化度」とは無関係のものである。
これに対し本願発明は、結晶化度を1~80%としたものであるが、これは、審決が認定する(審決書9頁3~6行)とおり、それより結晶化度が低すぎたり高すぎたりすると、いずれも耐屈曲性が低下するからである。 したがって、引用例発明では、結晶の良否と屈曲性等の関係が開示されているのみであって、本願発明のように、「結晶化度」と屈曲性等との関連が記載されているものではないから、この引用例発明によって本願発明の進歩性を否定することはできない。
2 審決が、「透過型電子顕微鏡は、物質の微細な構造を写真または映像として観察するために慣用されているものであり、それによれば、結晶質の部分を写真や映像により目で見て確認できることは当然のことである。そうすると、良好な耐屈曲性を示すように結晶化度を規定する際に・・・X線回析におけるメインピークの半価巾とピークハイトとの比による結晶化度に代えて・・・透過型電子顕微鏡写真における結晶質部の面積の割合による結晶化度を用い、その適当な数値範囲を選択する程度のことは、当業者であれば容易になし得るところと認められる。」(審決書9頁17行~10頁9行)と判断したことも誤りである。
すなわち、引用例発明には、「X線回析におけるメインピークの半価巾とピークハイトとの比による結晶化度」に代えて、本願発明のように、「透過型電子顕微鏡写真における結晶質部の面積の割合による結晶化度」を用いることを動機づける開示はなく、透過型電子顕微鏡を用いることにより、透明導電性積層体における結晶化度と屈曲性との関連についての情報が得られることは、当業者が予測できたことではない。本願発明は、透過型電子顕微鏡で、直接、結晶部を観察することにより、測定条件や薄膜試料の配向性にもかかわらず、結晶化度を正確に測定できることを見出し、これにより初めて、上記結晶化度の評価項目と耐屈曲性との関連を導くことができたのである。
したがって、本願発明は、引用例発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではない。
第4被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
引用例発明でパラメータとして用いられる「メインピークの半価巾とピークハイトとの比(半価巾(°)/ピークハイト(CPS))」の技術的意義を考察すると、非晶質中に結晶が析出し成長した多結晶物質試料のX線回析を一定のX線入射強度で測定した場合、「半価巾が大きい」ということは、結晶子に不均一歪みがあるか、結晶子が小さいことを意味するものであり、「メインピークのピークハイトが高い」ということは、その試料中に析出している結晶の量が多いこと、すなわち結晶部分の占める割合が大きいことを意味している。このようにピークハイトが、非晶質中に結晶が析出し成長した多結晶物質試料中における結晶の量、すなわち結晶部分の占める割合を示すのであるから、引用例発明における半価巾とピークハイトとの比は、本願発明にいう「結晶化度」に関係するものであることが明らかである。
また、技術文献である理学電機株式会社1986年12月30日発行「X線回析の手引 改訂第4版」(甲第5号証。1996年8月15日発行の改訂4版第11刷は、乙第3、第4号証、以下「本件技術文献」という。)の図2.8.21(以下「本件技術図面」という。)には、結晶質と非晶質とが混在する試料の結晶化度の変化によるX線回析パターンの変化が記載されており、同図によると、試料が非晶質のみからなる場合は、X線回析パターンはブロードなハローを示すが、結晶化度が大きくなるに従ってハローが小さくなるとともにその上にピークが現れ、結晶化度が大きい試料では、そのピークが高くなることがわかる。
そして、結晶化度が大きくなるにつれてピークハイトは急激に高くなるのに対し、半価巾はそれほど変化しないこともわかる。
そうすると、半価巾とピークハイトとの比は、結晶子における不均一歪みの存在、結晶子の大きさのみならず、結晶部分の占める割合をも含めて、結晶性を総合的に評価しようとしたパラメータであるといえる。
そして、引用例発明において半価巾とピークハイトとの比の上限及び下限を設定したのは、メインピークからずれた回析を引き起こす不完全結晶部分が少なく、かつ、そのピークの角度で入射X線を回析するある特定の結晶構造の結晶部分の割合が多いインジウムを主成分とする酸化物被膜と、メインピークからずれた回析を引き起こす不完全結晶部分が多く、かつ、そのピークの角度で入射X線を回析するある特定の結晶構造の結晶部分の割合が少ないインジウムを主成分とする酸化物被膜を排除しているのであって、その意義は明瞭に理解できるのである。
また、特開平1-173337号公報(乙第1号証)及び特開昭61-24102号公報(乙第2号証)によれば、酸化インジウム被膜は、作成条件により、結晶質、非晶質、あるいは結晶質及び非晶質の混在したものであり、このことと引用例の記載によれば、引用例発明においても、酸化物被膜は、非晶質中に結晶が析出し成長したものであって、結晶質と非晶質の混在していることが明らかである。
そもそも、引用例発明において、複数の試料についてX線回析を行う場合、常に同一のX線入射強度で測定し、規定された範囲に入るか否かを評価することは当然であり、具体的なX線入射強度が記載されていないとしても、引用例発明において半価巾とピークハイトとの比の上限及び下限を設定した意義は、前述したとおり明瞭に理解できるのである。
したがって、この点に関する審決の認定(審決書5頁14行~6頁4行、7頁8~17行)に誤りはない。
2 取消事由2について
1 引用例発明の「結晶性」ないし「結晶化度」の意味は、前述したとおりであって、その技術的内容は明らかであり、引用例では、特定された結晶性の範囲を採用することにより屈曲性が改善することが示されている(甲第3号証2頁左下欄9~19行等)のであるから、原告の主張は失当である。
したがって、この点に関する審決の認定(審決書9頁9~16行)に誤りはない。
2 透過型電子顕微鏡は、物質の微細な構造を写真又は映像として観察するために慣用されているものであるから、これを使えば、結晶質の部分を写真や映像により目で見て確認できることは当然のことである。
したがって、この点に関する審決の判断(審決書10頁2~9行)に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の誤認)について
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例発明との対比の一部(審決書5頁4~14行、5頁16~19行、6頁5行~7頁8行)、本願発明と引用例発明と相違点についての検討の一部(同7頁20行~9頁9行)は、いずれも当事者間に争いがない。
また、引用例発明が、「透明性を有する耐熱性樹脂フィルムにアクリル系紫外線硬化型樹脂を塗布し、更に該アクリル系紫外線硬化型樹脂層上に結晶性がX線回析に於いてメインピークの半価巾とピークハイトとの比(半価巾(°)/ピークハイト(CPS))が5.0×10-3~1×10-4であるインジウムを主成分とする酸化物被膜を積層してなることを特徴とする透明導電性フィルム」(審決書3頁15行~4頁2行)であり、この酸化インジウム被膜が、作成条件により、結晶質、非晶質、あるいは結晶質及び非晶質の混在したものとなること、パラメータとして用いられた「X線回析におけるメインピークの半価巾とピークハイトとの比」について、非晶質中に結晶が析出し成長した多結晶物質試料のX線回析を一定のX線入射強度で測定した場合、不完全結晶部分の割合が同一で半価巾が同じ試料において、結晶の量が多ければ、ピークハイトが高くなることも、当事者間に争いがない。
ところで、本件技術図面(乙第4号証)には、非晶質と結晶質が混在する試料(ポリエチレン)の結晶化度の変化によるX線回析パターンの相違が示されているところ、試料が非晶質のみからなる場合には、X線回析パターンが緩やかな山なりのブロードなハローを示すこと(パターンd)、結晶化度が進むと、ハローの上に小さいシャープなピークが現れること(パターンc)、更に結晶化度が進むと、シャープなピークが一層高くなり、ブロードなハローが一層小さくなること(パターンa及びb)が認められる。
また、原告による、引用例発明と同様のインジウムスズ酸化物被膜を用いたX線回析パターンの実験報告書(甲第9号証、以下「本件報告書」という。)によれば、製膜直後の非晶質と結晶質が共存する試料では、X線回析パターンが緩やかな山なりのブロードなハローを示し、その上に小さいシャープなピークがいくつか現れており(図a)、熱アニールにより結晶質が多く生成された後の試料では、シャープなピークが非常に高くなり、ブロードなハローが消滅すること(図b)が認められ、これらの結果は、それぞれ本件技術図面における(パターンc)及び(パターンa)と整合するものと理解される。
これらのことと本件技術文献(甲第5号証、乙第3、第4号証)及び株式会社講談社1993年6月1日第1刷発行【I】著「粉末X線回析による材料分析」(甲第6号証)によれば、多結晶物質試料について一定のX線入射強度でX線回析を行った場合、非晶質のみからなるときには、緩やかな山なりのブロードなハローを示してシャープなピークが形成されないが、結晶化度がある程度進み、非晶質と結晶質との混在状態となると、ハローの上に小さいシャープなピークがいくつか現れ、更に結晶化度が進み結晶質が増加すると、シャープなピークが一層高くなってブロードなハローが一層小さくなり、結晶質のみとなると、シャープなピークのみが非常に高くなりブロードなハローが消滅するものと認められる。したがって、その「メインピークの半価巾/ピークハイト」も、非晶質のみからなるときには、ブロードなハローによる大きな半価巾と低いピークに対応して相対的に高い値となるが、非晶質と結晶質との混在状態となると、小さいシャープなピークの中のメインピークの狭い半価巾とやや高いピークハイトに対応して、その値が低下し、更に結晶質が増加すると、シャープなピークハイトが一層高くなり、メインピークの半価巾が極端に狭くなるのに対応して、「メインピークの半価巾/ピークハイト」の値は非常に低下することになる。
そうすると、引用例発明における「メインピークの半価巾/ピークハイト」は、酸化インジウム被膜の「結晶化度」、すなわち、「対象物質中の結晶質部分の占める割合」が増加するに従い、それに連動して値が低下するものであるから、結晶化度を表示する有意なパラメータであることが明らかである。
したがって、引用例発明において「メインピークの半価巾とピークハイトとの比(半価巾(°)/ピークハイト(CPS))」として定義されている「結晶性」が、結晶質と非晶質の割合である「結晶化度」に関するパラメータではないとする原告の主張は、これを採用することができない。
また、原告は、「メインピークの半価巾/ピークハイト」が、結晶格子の歪みなどの「結晶の不完全性」に関係するパラメータであり、「半価巾が大きい」ということは、結晶子に不均一歪みがあるか、結晶子が小さいことを意味するものであり、結晶子が小さいことは、試料の中のメインピークを与える部分が小さな結晶子で埋め尽くされていることを意味するにとどまり、非晶質が残留しているわけではないし、結晶が良質になれば半価巾が狭くなり、その分ピークハイトが高くなるから、「ピークハイトが高い」ことが、単純に結晶の量が多いことを意味するものではないと主張する。
しかし、原告が主張するように、小さな結晶子で埋め尽くされて非晶質が残留しない状態が理論的に想定されるとしても、本件技術図面及び本件報告書が示すように、現実の非晶質と結晶質が混在する試料のX線回析においては、結晶化度が進むと、ブロードなハローの上に小さいシャープなピークが現れ、このピークのピークハイトが高くなることは前示のとおりであり、結晶化度が進行しても、ブロードなハローのままでありピークが形成されない、あるいは、ピークハイトが高くならないことを認めるに足る資料はないから、原告の主張は理由がないものといわなければならない。
さらに、原告は、X線回析のピークハイトが同一試料であってもそのときどきのX線入射強度によって変化し、これに応じて「メインピークの半価巾とピークハイトとの比」も変化するから、この比の技術的内容が不明であって無意味なパラメータであり、常に同一のX線入射強度で測定するような前提を任意に付加することも許されないと主張する。
しかし、引用例発明における「メインピークの半価巾/ピークハイト」が、結晶化度を表示する有意なパラメータであることは前示のとおりであるし、複数の試料のX線回折パターンを計測し比較しようとする場合に、入射X線強度を一定として計測しなければ、有意な測定結果が得られるものでないことは、当業者にとって当然の技術常識と認められるから、原告の主張は、明らかに失当なものといわなければならない。
次に、原告は、「インジウムを主成分とする酸化物被膜の結晶化を進めるためには基板温度をできるだけ高温にした方が良く」との記載からみても、当業者が、引用例発明の酸化物被膜について、結晶化が最後まで進んだものであり、全体が結晶子で埋め尽くされているものと理解するであろうと主張する。
しかし、引用例発明においては、後記のとおり、結晶性が良すぎても悪すぎてもその特性が悪くなる旨が開示され、また、その実施例及び比較例においても、結晶化度の異なる透明導電膜について、結晶化度の低いもの、高いものの比較例に対して、それらの中間の結晶化度の実施例が、良好な諸特性を有する旨が開示されているのであるから、引用例発明の酸化物被膜が、結晶質と非晶質の両者を含むことは自明であり、その結晶化が最後まで進んだものとする原告の主張は、それ自体失当といわなければならない。
以上のことからして、審決が、引用例発明について、「インジウムを主成分とする酸化物被膜が、結晶質および非晶質の混在したものであることも明らかであり、・・・『結晶性』なる用語は、引用例中で『結晶化度』という用語で言い換えられている(第4頁第1表)ことからみても、また、その計算式が『X線回析に於いてメインピークの半価巾とピークハイトとの比(半価巾(°)/ピークハイト(CPS))』となっていることからみても、結晶質部分の占める割合を表す尺度すなわち『結晶化度』であることは明らかである。」(審決書5頁14行~6頁4行)と認定したことに誤りはない。
2 取消事由2(相違点の判断誤り)について
1 原告は、引用例発明の「結晶化度」と本願発明の「結晶化度」とが無関係であることを前提として、引用例発明には結晶の良否と屈曲性等の関係が開示されているのみであって、本願発明のように「結晶化度」と屈曲性等との関連が記載されていないと主張する。
しかし、引用例発明の「結晶性」の意味は、前示のとおりであり、本願発明の「結晶化度」と相違するものではない。また、引用例(甲第3号証)には、「結晶性がX線回析においてメインピークの半価巾とピークハイトとの比(半価巾(°)/ピークハイト(CPS)が1×10-4以下では結晶性が良すぎて(無負荷では良いが)フイルム上では外的応力に対し導電性被膜が割れ安い。更に10-4以下にするにはベースフイルムのTG以上の温度にしなくてはならず、成膜後の基板収縮により目的とするフレキシビリティーを有する透明導電性フイルムは出来ない。又5×10-3以下(注、「以上」の誤記)では結晶性が悪すぎ屈曲性、擦傷性及び薬品性等が悪い。
これらの点より結晶性は5×10-3~1×10-4が好ましい。」(同号証2頁左下欄9~19行)と記載されており、導電性透明膜の結晶性が良すぎると外的応力に対し被膜が割れやすく、結晶性が悪すぎると屈曲性(屈曲後、元に復元する特性を指すものと解される。)、擦傷性及び薬品性等が悪いとされ、結局、結晶性が良すぎても悪すぎてもその特性が悪くなる旨が開示されており、特定された結晶性の範囲を採用することにより屈曲性等が改善されることが明確に示されている。しかも、引用例の実施例及び比較例において、結晶化度の異なる透明導電膜について、結晶化度の低いもの、高いものは、それらの中間の結晶化度のものに比して耐屈曲性等の諸特性が悪いことが具体的に開示されている。
したがって、引用例発明には、特定された結晶化度の範囲を採用することにより屈曲性等が改善されることが明確に示されているのであるから、原告の主張を採用する余地はない。
以上のとおり、審決が、「引用例には、透明導電層の結晶化度が特定の値を超えて良すぎると『屈曲による応力』を含む『外的応力』に対し導電性被膜が割れ安く、結晶化度が特定の値を下回って悪すぎると屈曲性等が悪いこと、及び、これらの問題を解決するには、結晶化度の好ましい数値範囲を規定すればよいことが示されている」(審決書9頁9~15行)と認定したことに誤りはない。
2 また、原告は、引用例発明に、「X線回析におけるメインピークの半価巾とピークハイトとの比による結晶化度」に代えて、本願発明のように、「透過型電子顕微鏡写真における結晶質部の面積の割合による結晶化度」を用いることを動機づける開示はなく、透過型電子顕微鏡を用いることにより、透明導電性積層体における結晶化度と屈曲性との関連についての情報が得られることは、当業者が予測できたことではないと主張する。
しかし、前示のとおり、引用例発明には、結晶性が良すぎても悪すぎてもその特性が悪くなること、その実施例及び比較例において、結晶化度の低いもの、高いものは、それらの中間の結晶化度のものに比して耐屈曲性等の諸特性が悪いことが、それぞれ開示されているから、透明導電性積層体における結晶化度と屈曲性との関連についての情報は明白に示されている。そして、透過型電子顕微鏡が、物質の微細な構造を写真又は映像として観察するために慣用されているものであり、これを使えば、結晶質の部分を写真や映像により目で見て確認できること(審決書9頁17行~20行)は、当然の技術常識であるから、目に見える状態で達成される結晶化度の進展具合を、前記電子顕微鏡により確認しようとすることは、当業者にとって容易になし得ることといわなければならない。
しかも、引用例発明は、前示のとおり、「X線回析におけるメインピークの半価巾とピークハイトとの比」を用いて、特定の結晶化度を有する透明導電性積層体を開示するものであるところ、本願発明も、透明導電性積層体自体に関するものであって、その結晶化度を「透過型電子顕微鏡写真」を用いた視認による測定法によって規定したものである。そうすると、両者は、異なる測定方法を用いて同様の結晶化度を規定したものにすぎず、測定方法の差異を反映して、好適範囲の上下限を示す数値が変動する可能性があるとしても、積層体自体の特性が左右されるものではないから、本願発明の結晶化度の測定法が慣用の「透過型電子顕微鏡写真」を用いたものであることをもって、導電性積層体自体に関する本願発明が容易でないということは許されない。
したがって、いずれにしても原告の主張を採用する余地はない。
3 以上のとおり、原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)